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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
と云う。でも病人は鼾を掻いていたはずだが、と云うと、「その鼾ごえがぱったり止んでいました」と云う。そして敏子は「旦那様としばらく話をなすってからもう一度二階へ上り、またすぐ下りておいでになった、そのあとで小池さんが銭湯から戻って来られました」と云う。でも、夕刻私が帰って来た時には病人の鼾ごえが聞えていたのに、と云うと、「奥さんのお留守中は止んでいて、お帰りになる少し前からまた始まっていたのです」と云う。―――
どうやら私の疑心暗鬼が当っており、思い過しが思い過しでなかったことが分りかけて来たのであるが、それでも私にはまだ腑に落ちかねることがあった。ここで一往敏子の今日の行動を順に並べてみると、―――午後三時、口実を設けて私を外へ出してしまう。次に小池さんを風呂へ行かせる。次に病人が自ら眼を覚まして敏子に告げたか、敏子から病人に働きかけたか、そこのところは不明であるが、彼女は私の日記帳が茶の間の用箪笥に入れてあることを知り、それを捜し出して病人の枕元へ持って来る。病人が、この帳面は四月十六日で終っているが、十七日以後の分も必ずどこかに秘してあるに違いない、己が読みたいのはその方であるから捜してくれと云う。