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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
夫が、―――カドロノックスかルミナールかイソミタールか、何か睡眠剤だったのだろう、―――水と一緒にタブレットを噛み砕いたものを口うつしに飲ましたが、頭の痛みを忘れたいので私は素直にそれを飲んだ。と、間もなく私はまた意識を失いかけ、半醒半睡の状態に入ったのだった。私が、夫ではなくて木村さんを抱いて寝ているような幻覚を見たのはそれからであった。幻覚? というと、何かぼうっと今にも消えてなくなりそうに空に浮かんでいるもののようだけれども、私が見たのはそんな生やさしいものではない。私は「抱いて寝ているような幻覚」と云ったが、「ような」ではなく、ほんとうに「抱いて寝てい」た実感が今もなお腕や腿の肌にハッキリ残っているのである。それは夫の肌に触れたのとは全く違う感覚である。私はシカとこの手をもって木村さんの若々しい腕の肉を掴み、その弾力のある胸板に壓しつけられた。何よりも木村さんの皮膚は非常に色白で、日本人の皮膚ではないような気がした。それに、………あゝ、恥かしいことだが、………よもやよもや夫はこの日記の存在を知るはずはないし、まして内容を読むわけはないと思うので書くのだけれども、………あゝ、夫がこの程度であってくれたら、………夫はどうしてこういう工合に行かないのだろう。