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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
私は自分の胸中を他人に語ることを欲しないがゆえに、自分自身にだけ語って聞かせるのが目的で日記をつけ始めたのであるが、今や他人に読まれていることが明らかになった以上、中止すべきであるようにも思うけれども、他人というのが夫であり、表面はどこまでも互いに見ない建て前になっているのであるから、やはり継続してしかるべきであるように思う。つまりこれからは、こういう方法で、間接に夫にものを云うのである。直接には恥かしくて云えないことも、この方法でなら云える。しかしくれぐれも、夫が内証で読むことは仕方がないとして、決して読んだということを露骨に云わないで貰いたい。もっとも彼は読んでも読まないふりをする人だから、そんなことを断る必要はないかも知れない。次に、夫はどうであろうとも、私は決して夫の日記帳を読んでいないことを信じてほしい。私が至って舊式な、かりにも他人の手記などを盗み読むことのできるような育ち方をした女でないことは、誰よりも夫がよく知っている。私は夫の日記帳のありかを知っており、時にはそれにそっと手を触れたこともあり、稀には中を開けて見たことさえもないではないが、文字は一字も読んだことはない。