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かぎ

鍵

谷崎 潤一郎

「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页

青空文庫

自然、なかなか御飯にならないでブランデーが進行した。「お嬢さんがブランデーのお酌をなさるなんて珍しいことですな」と云いながら、木村さんも平生よりは過した。「もう映画には遅いわね」と、頃あいを見て敏子が云った。私にしても映画を見るには酔いが廻り過ぎていた。が、そう云っても、そんなに量を過したようには感じていなかった。これはいつでもそうなのだけれども、私は酔いを殺して飲むせいで、或る程度まではシッカリしていて、一定の量を超過すると俄然怪しくなるのである。最初私は、今夜は敏子に酔わされるかも知れないなと、内々警戒していないではなかった。しかし、警戒する半面に、多少期待する―――あるいは希望する―――気持もなかったとは云えない。私は木村さんと敏子との間に、あらかじめ手筈が定めてあったのかどうかは知らない。聞いたところでそんなことを云うはずもないから、聞きもしない。ただ木村さんも、「先生の留守にこんなに飲んでいいですかなあ」とは云っていたが、近頃大分手が上っているので、私と差したり差されたりした。木村さんもそうだと思うが、私には、夫の留守に木村さんと献酬することは、夫の意志に背くことにはならない、という気があった。