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きょうかしのぶんしょう

鏡花氏の文章

中島 敦

「学苑」1933(昭和8)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,456 字 · 7 页

青空文庫

思うにこれは、この二人の作家の才能の差ではなくして、その自らの夢に対する情熱の相違のしからしむるところであろう。

所で、一体、阿片の快楽に慣れるためには、はじめ一方ならぬ不快と苦痛とを忍ばねばならぬという。しかも、一度それに慣れて了うと、今度は瞬時も離れられないほど、その愉楽にしばられて了うのであるという。丁度これと同様なことが鏡花氏の芸術についてもいえると私は考える。鏡花世界なる秘境に到達するためには先ず、その「表現の晦渋」という難関を突破しなければならない。これを通過しなければ、鏡花世界なる別乾坤は、ついに、覗くことができないのである。実際、氏の表現は奇峭であり、晦渋である。『凧刻んで夜の壁に描き得た我が霊妙なる壁画を瞬く間に擾して、越後獅子の譜の影は蠅になって舞踏する。蚯蚓も輪に刎ね蚰蜒は反って踊る。』(隣の糸)なぞという文章にあっては、全くはじめての人は面喰うであろう。この表現の奇矯という点に於て、氏はまた後の大正時代になって現われた新感覚派なるものと一脈相通ずる所がある。大体、新感覚派といっても、その狙う所は「外界の刺戟を感受する方法の新しさ」