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ながさきのいちべつ
長崎の一瞥
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年5月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,773 字 · 14 页
左側に古風な建物の領事館などある。或角を曲った。支那両替屋の招牌が幌を掠めた。首をこごめて往来をのぞくと、右手に畳を縫って居る職人、向側の塵埃っぽい大硝子窓の奥で針を働して居る洋服工、つい俥の下で逃げ出す鶏を見乍ら丸髷に結った女と喋って居る若者迄悉く支那人だ。道のつき当りから山手にかかって、遙か高みの新緑の間に、さっぱりした宏壮な洋館が望まれる。ジャパン・ホテルと云うのはあれだろう。海の展望もありなかなかよさそうなところと、只管支那街らしい左右の情景に注意を奪われて居ると、思いがけない緑色の建物の前で梶が下りた。片手に新聞を拡げたなり持ち、空模様でも見るらしくふらりと棕櫚の鉢植のところへ出て居た背広の男が、我々に近より、極く平静に――抑揚なく挨拶した。
「いらっしゃい」
ホールで、我々は
「一寸御飯をたべたいのだが」
と云った。
「どうぞ此方で暫くお待ち下さい」
傍の客室に案内された。手套をとり乍ら室内を見廻し、私はひとりでに一種の微笑が湧くのを感じた。長崎とは、まあ何と古風な開化の町! フレンチ・ドアを背にして置かれた長椅子は、鄙びた紅天鵝絨張り、よく涙香訳何々奇談などと云った小説の插画にある通りの円い飾玉のついた椅子。