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あなんとじゅじゅつしのむすめ

阿難と呪術師の娘

岡本 かの子

「読売新聞」1928(昭和3)年5月6日~6月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,425 字 · 58 页

青空文庫

家諸氏の参考に供し、なお俳優諸氏の演技上の便宜にしたく思う。

そのト書きに於て、諸天善神と呪いの魔の眷属の働きを、それは闘争にも見え舞踊にも受け取れると書いた。まことに彼等の働きはこの二面を備えて居るのである。元来、高きよりわれらに臨む「生命」なるものは、三つの眼を持って居る。「平等」の眼と、「差別」の眼と、「融即」の眼である。「平等」の眼で見る時には、魔も善神も闘争も舞踊も、みな一色である。「慈理」の眼の涙を通して視るゆえである。「差別」の眼で視る時には、魔、善神、闘争、舞踊みなことごとく個立して居る。「悲智」の眼の光が明暗付ける分類である。

さて、「融即」の眼を通じて見る。この時、魔も善神も闘争も舞踊も、一色であって而も別個である。別個であって而も一色なのである。「真理」の瞳、朗かに澄明なるの故である。

以上の三眼も更に訊せば、また三眼にして一眼なのである。一眼にして三眼なのである。この意味に於て三眼それ自身が「融即」の眼なのである。

今三眼を一眼に摂し、一眼を三眼に分取した眼によって、宇宙を見る事とする。その時もし宇宙は闘争なりと定義を置いて之を見ようとするならば、ありとあらゆるものみな闘争の現われでないものはない。