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あなんとじゅじゅつしのむすめ

阿難と呪術師の娘

岡本 かの子

「読売新聞」1928(昭和3)年5月6日~6月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,425 字 · 58 页

青空文庫

彼と彼女とは心臓に手を当て合うて、愛の誠を証すので御座います。愛の変らぬ誓を立てるので御座います。二人は照し合う心の曇りなき様子を語らうのに、人の世の言葉の不束かなのに焦立ちさえするので御座います。然し、阿難さま、あなたは二人のこれだけを御覧なされて、二人は恋の満足に到着したものとお思いなされたら、それはまだ早過ぎるので御座います。あなたはその後の二人の溜息とすすり泣きをお聴き洩しになってはなりません。本当に純情に、本当に想い合う仲なら、二人の物語りは必ず溜息とすすり泣きで結ばれる筈なので御座います。何故で御座いましょうか。彼等は愛という一つの神秘に融け合うのに、あまりに現世のままの我が肉体や心が邪魔になるので御座います。現世の肉体や心が、兎もすれば現実の「自我」というメスを二人の間に差し入れて、冷たく元へ引戻し勝なので御座います。恋する者程、運命に対して敏感になって居るものは御座いますまい。彼等は誠を証し合ううちにも、変らぬ誓を立て合ううちにも、望月の光のたるみ、満潮の浪のけだるさ、明日の寂しさを背筋に予感して、やがて溜息となりすすり泣きともなるので御座います。