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ちんじょうしょ
陳情書
西尾 正
「ぷろふいる」ぷろふいる社、1934(昭和9)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,750 字 · 38 页
彼女は南京豆でも噛って居るらしく時折ぽきんぽきんと殻を割る音を立て乍ら、内儀の云う言葉に賛同を示すらしく至極下品な調子で含み笑いをしつつ男に揶揄的な嘲笑を浴せて居ります。最初の裡こそ私は単なる好奇心を以て窺いて居たのでありましたが、閣下よ、次の如き内儀の吐いた言葉を突如耳にして、ギクリと心臓の突き上げられる様な病的な驚愕を覚えたのであります。内儀は眉をキリキリとヒステリックに釣り上げ、首垂れて居る男に向って斯う叫んだのでありました、――バラされない内に、へえ左様ですかと下手に出たらどうだい、女だからってお前さん方に舐められる様な妾じゃないんだよ、ねえ、おふささん?……
此の台詞は、普通に聞いたのでは左程の意味も感ぜられますまい。陰惨な荒み切った淫売宿の内儀が此の位の啖呵を切ったからとて些も不思議は無いので、私とても是迄場数を踏んで居りまして所謂殺伐には馴れて居りますから、何事か血腥い騒動が持ち上りそうな雰囲気に腰を浮かせた訳では有りません。私のギクリとしたと言うのは、其の言葉尻の、明らかに同席の今一人の女に賛同を求める為に吐いた※(始め二重括弧、1-2-54)ねえ、おふささん※(終わり二重括弧、1-2-55)と云う呼名を咄嗟に聞いたからでありました。