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おんぼうぼり

隠亡堀

国枝 史郎

「大衆文藝」1926(大正15)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,455 字 · 10 页

青空文庫

伊右衛門はひどく冷淡に「お梅の顔がお岩に見え、喜兵衛の顔が小仏小平、其奴の顔に見えたのでな、ヒョイと刀を引っこ抜くと、コロコロと首が落ちたってものさ」

「ははあ、其奴ぁお岩さんの怨だ」

「世間でもそんなことを云っていたよ」

「でお前さんは何う思うので?」

「何う思うとは何を何う?」

「幽霊が恐くはありませんかね?」

「それより俺は斯う云い度いのさ。人間の良心というものは、麻痺させようと思えば麻痺出来るとな」

鳥渡直助には解らなかった。

二人は暫く黙っていた。

此処は砂村隠亡堀であった。

一所に土橋がかかっていた。その下に枯蘆が茂っていた。また一所に樋の口があった。枯れた苔が食っ付いていた。

前方はドロンとした堀であった。さあ、確に鰻は居そうだ。

土手の背後に石地蔵があった。鼻が半分欠けていた。慈悲円満にも見えなかった。

土手の向うは田圃であった。

稲村が飛び飛びに立っていた。

それは曇天の夕暮であった。

茶がかった渋い風景であった。

芭蕉好み、そんな景色だ。

伊右衛門の前には釣棹が、三本が所下ろされてあった。

その一本がピクピクと揺れた。

「ああ出来た」

と直助が云った。