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おんぼうぼり

隠亡堀

国枝 史郎

「大衆文藝」1926(大正15)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,455 字 · 10 页

青空文庫

そうすると屹度従いて来る。手が弛むと逃げ出すぞ」

「悪にかけちゃあお前が上だ」

「天井抜けの不義非道」

「首が飛んでも動いて見せるか」

「なにさ、良心を麻痺させる、だけよ」

また釣棹が動き出した。

グイと伊右衛門は引き上げた。

「や、南無三、餌を取られた。……それは然うとオイ直助、今日は鰻は取れたのか?」

「うんにゃ」

と直助は首を振った。「店で買って食わせる気だ」

「そんなに金があるのかえ?」

「金はねえが料がある」懐中から櫛を取り出した。「先刻下ろした鰻掻、歯先に掛かった黒髪から、こんな鼈甲が現われたってやつさ」

「おや」

と伊右衛門は眼を見張った。「たしか其奴はお岩の櫛!」

「いけねえいけねえ」と懐中へ隠した。「ふてえ分けはご免だよ」

のいと直助は立ち上った。

「それじゃあ旦那、また逢おう」

愉快な空想に耽り乍ら、直助は飛ぶように帰って行った。

夕暮れがヒタヒタと迫って来た。

遠景が仄に暈された。

夜と昼との一線が来た。

「どれ棹を上げようかい」

何か樋の口から流れ出た。

菰を冠った板戸であった。

「覚えの杉戸」

と伊右衛門は云った。

手を板戸の角へかけた。グーッと足下へ引き上げた。