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ざっき(いち)
雑記(Ⅰ)
寺田 寅彦
「中央公論」1922(大正11)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,568 字 · 33 页
この空気の中で私は食事をし、書物を読み、また六かしい数学の問題を考える事すら可能なような気がする。
レオナルド・ダ・ヴィンチが画を描く時に隣室で音楽を奏でさせたという話があるが、これももちろんただ音楽の雰囲気だけを要求したものに相違ない。彼は恐ろしく多面的な忙しい頭脳をもっていた人である。時としては彼の神経は千筋に分裂して、そのすべての末端がいら立って、とても落着いた心持になれなかったのではあるまいか。そういう時に彼は音楽の醸し出す天上界の雰囲気に包まれて、それで始めて心の集中を得たのではあるまいか。
これはただ何の典拠のない私だけの臆測である。しかしそれはいずれにしても、今の苛立たしい世の中を今少し落着けて、人の心を今少し純な集中に導くためには、このような音楽も存外有効ではないだろうか。
こんな事を考えるともなく考えながら、私の心はいつか遠いわれわれの祖先の世に遊んでいた。
朗詠の歌の詞は「新豊の酒の色は鸚鵡盃の中に清冷たり、長楽の歌の声は鳳凰管の裏に幽咽す」というのだそうであるが、聞いていてもなかなかそうは聞きとれないほどにゆっくり音を引延ばして揺曳させて唱う。