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おしゃく

雛妓

岡本 かの子

「日本評論」1939(昭和14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,482 字 · 53 页

青空文庫

権之丞というのは近世、実家の中興の祖である。その財力と才幹は江戸諸大名の藩政を動かすに足りる力があったけれども身分は帯刀御免の士分に過ぎない。それすら彼は抑下して一生、草鞋穿きで駕籠へも乗らなかった。

その娘二人の位牌がある。絶世の美人だったが姉妹とも躄だった。権之丞は、構内奥深く別構へを作り、秘かに姉妹を茲に隠して朝夕あわれな娘たちの身の上を果敢なみに訪れた。

伊太郎という三四代前の当主がある。幕末に際し、実家に遁入して匿まわれた多くの幕士の中の一人だが、美男なので実家の娘に想われ、結婚して当主に直った人であった。生来気の弱い人らしく、畢生の望みはどうかして一度、声を出して唄を謡ってみたいということであった。或る人が彼に、多摩川の河原へ出て人のいないところで謡いなさいと進言した。伊太郎は勧めに従ってひとり河原に出てはみたものの、ついに口からよう謡い出ずに戻って来た。

蔵はいろは四十八蔵あり、三四里の間にわが土地を踏まずには他出できなかったという。天保銭は置き剰って縄に繋いで棟々の床下に埋めた。こういう逞しい物質力を持ちながら、何とその持主の人間たちに憐れにも蝕まれた影の多いことよ。