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あめ
雨
織田 作之助
「海風」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,261 字 · 44 页
永々厄介な小僧をお世話様でしたのうと兄が挨拶したあと、ぺこんと頭を下げ、
「ほんの心じゃけ、受けてつかわさい」
と、白い紙包を差し出して、こそこそ出て行った。
見ると、写本の書体で、ごぶつぜんとあり、お君がくれてやった金がそっくりそのままはいっていた。国へ帰って百姓すると言った彼の貧弱な体やおどおどした態度を憐み、お君はひとけのなくなった家の中の空虚さにしばらくはぽかんと坐ったきりであったが、やがて、
「船に積んだアら、どこまで行きゃアる。木津や難波アの橋のしイたア」
と、哀調を帯びた子守唄を高らかに豹一に聴かせた。
上塩町地蔵路次の裏長屋に家賃五円の平屋を見つけて、そこに移ると、さっそく、裁縫教えますと小さな木札を軒先に吊るした。長屋の者には判読しがたい変った書体で、それは父親譲り、裁縫は、絹物、久留米物など上手とはいえなかったが、これは母親譲り、月謝五十銭の界隈の娘たち相手にはどうなりこうなり間に合い、むろん近所の仕立物も引き受けた。
慌しい年の暮、頼まれた正月着の仕立に追われて、夜を徹する日々が続いたが、ある夜更け、豹一がふと眼をさますと、スウスウと水洟をすする音がきこえ、お君は赤い手で火鉢の炭火を掘りおこしていた。