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あめ
雨
織田 作之助
「海風」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,261 字 · 44 页
その夕方、豹一は簡単に紀代子と接吻した。女めいた口臭をかぎながらちょっとした自尊心の満足があった。けれども、紀代子が拒みもしないどころか、背中にまわした手にぐいぐい力をいれてくるのを感ずると、だしぬけに気が変った。物も言わずに突き放して、立ち去った。ふと母親のことを思ったそんな豹一の心は紀代子にはわからず、綿々たる情を書き綴った手紙を豹一に送った。豹一はそれを教室へ持参し、クラスの者に見せた。彼らはかねてこのことあるを期待していたが、見せられると偽の手紙やろ。お前が書いたんと違うかと言わざるを得なかった。豹一は同級生がこっそり出していた恋文を紀代子からむりやりに奪い取って、それを教室で朗読した。鉄拳制裁を受けた。なおそれが教師に知れて一週間の停学処分になった。
同級生に憎まれながらやがて四年生の冬、京都高等学校の入学試験を受けて、苦もなく合格した。憎まれていただけの自尊心の満足はあった。けれども、高等学校へはいって将来どうしようという目的もなかった。寄宿舎へはいった晩、先輩に連れられて、円山公園へ行った。手拭を腰に下げ、高い歯の下駄をはき、寮歌をうたいながら、浮かぬ顔をしていた。