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あめ

雨

織田 作之助

「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,421 字 · 60 页

青空文庫

のらぬと煙草でも賭けると、たったカメリヤや胡蝶一箱のことにもう生死を賭けたような汚い将棋を指し、負けると破産したような顔で相手を恨むといった風で、もと/\下手な将棋ではあるし誰にも敬遠されて相手のないところから、ちょく/\境内の蓮池の傍へ遊びに来る豹一に将棋を教えた。筋がいゝのか最初歩三つが一月経つと角落ちになり、二月目には平手で指せるようになった。ある日、住職は、「豹ぼん、何か賭けんと面白うないな。和尚さんは白餡入りの饅頭六つ賭けるさかい、豹ぼんは」何も賭けるものがなく、蓮池から亀の子一匹掴えて、負けると和尚に呉れてやることになった。実力以上の長考であったが、結局豹一が負けて、涙を流した。

夕闇の色を吸いこんで静まり返った蓮池の面を見つめ、豹一は亀の子ねらった。何故自分が負けたのか分らなかった。あんな弱い相手に負けるのはおかしい。自分には空を飛べる能力があるのかも知れないという子供にあり勝ちな空想も、豹一にとっては、いわば彼の虚栄の一つであり、悪人に追われて空を飛び逃げる夢を見た時は鼻高々と人に話し、為に嘲笑されると今にみろ飛んでやると思い、虚栄にうながされてひそかに奇蹟を信じ、奇蹟を待つことが屡々なのである。