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あめ
雨
織田 作之助
「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,421 字 · 60 页
泣き出すと仲々止らず、加速度的に泣声が大きくなり、豹一を抱きあげたお君はまるでその声に顔を打たれているような気がし、泣き止まんと池へ放うりこんだるぞ、構へんか。構へんわい、放うりこんだら着物がよごれて、母ちゃんが洗濯に困るだけや。困るもんかと、豹一の脇の下をかゝえたまゝ池の水へどぶんと浸けた。豹一は、亀の子を探るつもりか手をばた/\させた。豹一を引き揚げて、家に連れ戻ると、お君はたらいを持ち出した。
地蔵路次に引越してから、足掛け四年、秋が来た。お君には流れるように無事平穏な日々であったが、それらの日々は豹一にとっては日毎に小さな風波を立てゝいた。彼は自分ではそれと気付かなかったゞろうが、自尊心のからくりによる、何ものかへの敵対意識に絶えず弾力づけられている少年であった。傷つき易い自尊心をもっていたゆえ、絶えず自分を支えるための勝利感に餓えていた。長屋の貧乏ぐらしを恥じいる年でもなかったが、何かしら自ら卑下する気持をひそかに抱いていた。そして、それは彼の自尊心とぴたりと寄り添うていて、勿論謙譲からではなかった。自尊心の均衡によって初めて自分自身を感ずることの出来る彼は、母に似ぬ子であった。