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あめ

雨

織田 作之助

「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,421 字 · 60 页

青空文庫

私はどうでも宜ろしおます」金助は一言も意見らしい口をきかなかった。お君が豹一を連れて日本橋五丁目の実家に帰ってみると、家の中はあきれるほど汚なかった。障子の桟には埃がべたっとへばりつき、便所には蜘妹の巣がいくつもかかったまゝ、押入には汚れ物が一杯押しこまれていた。お君が嫁いだ後金助は手伝い婆さんを雇って家の中を任していたのだが、選りによって婆さんはもう腰が曲り耳も遠かった。このたびはえらい御不幸なと挨拶をした婆さんに抱いていた豹一を預けると、お君は一張羅の小浜縮緬の羽織も脱がずバタ/\とはたきをかけ始めた。三日経つと家の中は見違えるほど綺麗になった。手伝い婆さんは、実は田舎の息子がと自分から口実を作って暇をとった。お君は豹一を背負って、こゝは地獄の三丁目と鼻唄うたいながら一日中働いた。そんなお君の帰って来たことを金助は喜んだが、この父は亀のように余りに無口であった。彼は軽部の死に就て、ついぞ一言も纏った慰めをしなかった。

古着屋の田中の新ちゃんは既に若い女房を貰って居り、金助の連れて行った豹一を迎えに、お君が銭湯の脱衣場に姿を現わすと、その嫁も最近産れた赤ん坊を迎えに来ていて、仲善しになった。