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あめのかみこうち
雨の上高地
寺田 寅彦
「登山とスキー」1935(昭和10)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,473 字 · 9 页
白骨温泉へ行くのだそうで沢渡で下りた。子供も助かったであろうが自分もほっとした。もどしたものを母親が小さな玩具のバケツへ始末していた、そのバケツの色彩が妙に眼について今でも想い出される。
途中で乗客が減ったのでバスから普通の幌自動車に移された。その辺からまた道路が川の水面に近くなる。河の水面のプロフィルが河長に沿うて指数曲線か双曲線のような恰好をしている。その脇に沿うてほぼ同じ勾配の道路をつけるから、自然に途中で道と河との高度差の最大な処が出来るのであろうかと思われた。
水力発電所が何カ所かある。その中には日本一の落差で有名だというのがある。大正池からそこまで二里に近い道程を山腹に沿うて地中の闇に隧道を掘り、その中を導いて緩かに流して来た水を急転直下させてタービンを動かすのである。この工事を県当局で認可する交換条件として上高地までの自動車道路の完成を会社に課したという噂話を同乗の客の一人から聞かされた。こうした工事が天然の風致を破壊するといって慨嘆する人もあるようであるが自分などは必ずしもそうとばかりは思わない。深山幽谷の中に置かれた発電所は、われわれの眼にはやはりその環境にぴったりはまってザハリッヒな美しさを見せている。