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ゆきとどろ
雪と泥
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页
彼は浅草のほうへ向って歩いていた。極度にまで緊張し続けた三日のあいだに、顔色は悪くなり、頬がこけていた。眠りもよくとれなかったので、眼が腫れぼったく充血し、唇は白く乾いていた。――寺町へかかるちょっと手前で、折之助はまた立停った。――すぐ右側に居酒屋があり、そこから魚を焼く香ばしい匂いがながれて来た。彼はにわかに空腹と酒の酔いを唆られた。
「伊丹に借りたのがある」
三日まえにも、茶屋の勘定はおしのが払った。払うときにみると、彼の持っているだけでは足りないようであった。それで、伊丹から借りたものはそのまま持っていた。
――此処なら足りないようなことはないだろう。
もちろんそんな店へ入るのは初めてである、ちょっと気後れはしたが、思いきって縄のれんをくぐった。
客は三人ばかりいたらしい、だが折之助は誰の顔も見ないようにして、焼魚を肴に、酒を三本飲んだ。味もなにもなかったし、酔いもしなかったが、三本めの終りころに、思いがけない妙案がうかんできた。
「そうだ」彼はわれ知らず独り言を云った、「その手があったんだ、番頭の佐平も顔を知っているし、うまくゆけば……」