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ゆきとどろ

雪と泥

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页

青空文庫

畳の上にはぬぎすてた着物や、細紐や、足袋や、切れた三味線の糸や、まるめた紙屑などがちらばっているし、裸のままの三味線が二挺、針穴のいっぱいある行燈といっしょに、隅のほうに立てかけられたまま、埃をかぶっていた。そうして、北向きの格子窓の煤けた障子に滲んでいる十一月下旬の黄昏ちかい光りが、これらの物の上にいかにも佗しく、寒ざむとした色を投げていた。――格子窓の外は狭い路次で、どぶ板を踏んでゆく人の足音や、駆けまわる子供たちの声などが、やかましく聞えて来た。

柳橋の稲荷の前をはいった平右衛門町の、中通りにつながる三つの路次に、同じような家がとびとびに七八軒あった。踊り、常磐津、清元などの稽古所の看板を出し、いずれも二人か三人ぐらい若い女を置いている。師匠という女が彼女たちに唄や踊りを教えるのは慥かであるが、それはかたちばかりだし、よそから稽古に来る弟子などはなかった。若い彼女たちは稽古事よりも、肌の手入れや髪化粧に時間をつぶし、呼びに来る者があると、(たいていは素人ふうの拵えで)どこかへでかけてゆき、ときには三日も五日も泊って来ることさえあった。――この家には水木流の看板が出してあり、四人の女と、お勝という下女がいた。