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ゆきのよる

雪の夜

織田 作之助

「文芸」1941(昭和16)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,221 字 · 23 页

青空文庫

が、それ以上に、坂田は随いて来たことを、はじめから後悔していたのだ。もぞもぞと腰を浮かせていたが、やがて思い切って、坂田は立ち上った。

「お先に失礼します」

伝票を掴んでいた。

「ああそらいかん」

松本はあわてて手を押えたが、坂田は振り切って、

「これはわてに払わせとくなはれ」

と、言った。そして、勘定台の方へふらふらと行き、黒い皮の大きな財布から十銭白銅十枚出した。一枚多いというのを、むっとした顔で、

「チップや」

それで、その夜の収入はすっかり消えてしまった。

「そんなら、いずれまた」

もう一度松本に挨拶し、それからそこのお内儀に、

「えらいおやかまっさんでした。済んまへん」

と悲しいほどていねいにお辞儀して、坂田は出て行った。松本は追いかけて、

「君さっき大阪へ帰りたいと言うてたな。大阪で働くいう気いがあるのんやったら、僕とこでなにしてもええぜ。遠慮なしに言うてや」

と言って、傘の中の手へこっそり名刺を握らせた。女の前を避けてそうしたのは、坂田に恥をかかすまいという心遣いからだと、松本は咄嗟に自分を甘やかして、わざと雪で顔を濡らせていた。が、実は坂田を伴って来たのは、女たちの前で坂田を肴に自分の出世を誇りたいからであった。