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きりのなか
霧の中
豊島 与志雄
――「正夫の世界」――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,920 字 · 40 页
」
まだ母が生きてた頃は、晩の丁度六時に便所にはいるものではなかった。晩の丁度六時は、魔物が便所にはいってる時刻で、その時人がはいって行くと、身体のどこかを必ず掻きむしられる。祖母の時から、ずっと昔から、そうだったと、母は笑っていた。然し実際、正夫は時々、身体のどこかに自分で知らない掻き傷が出来た。晩の六時をうっかりしてたのである。そんなことも、母が亡くなって、誰もいわなくなると、もう起らなくなってしまった。
「そんなんだって、どつちだっていいじゃないか。」
チビは黙って正夫の顔を見ていた。
「どっちかにきめなくったっていいだろう。」
「そうだよ。」とチビはいった。
「じゃあなんだい。」
「それでいいんだよ。」
二人とも黙ってしまった。暫くしてチビは、ふと思い出したようにいった。
「君のお父さんは、それを、どっちかにきめたかったんだ。いや、不思議なことがあるようにって、望んでいたのかな。もう少し調子が狂っていたんだろう。いつか、夜中のことだったが……。」
夜中の二時頃だったろうか、南さんは前後不覚に酔いながらも、自動車の運転手に道筋を指示しつつ、自宅の前に辿りついた。