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きりのなか

霧の中

豊島 与志雄

――「正夫の世界」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,920 字 · 40 页

青空文庫

おかしいのは、右手に何か握りしめていて、助け起こされ、介抱され、我に返って泣きだしても、なお右手を握りしめている。漸くその手を開かしてみると、笛ではなく、小石だった。どこで拾ったのか、恐らく転がり落ちる間際にだったろうが、それを一生懸命に握りしめてるのである。手を開かせてそれを捨てさせた時、彼は急にわっと激しく泣きだした。――それがあまりおかしかったので、石ころという綽名がついた。が当人は、石ころと云われると、ひどく怒って口も利かなかった。

「それがどうしたんだい。」とチビは尋ねた。

「それきりさ。」

「なあんだ、面白くもない。」

「でもねえ、夢のなかなんかで、高いところから落ちることがあるだろう。宙をすーっと落ちていく。とても恐いんだ。あんな時、石ころでも棒ぎれでもいいから、手にしっかり握りしめていたら、そんなに恐くないかも知れないよ。」

「どうかなあ。」

「君には分らないよ。」

「僕は夢なんかみないんだ。」

「だから、よく分らないんだ。」

チビは耳をかいた。正夫はやがて云った。

「本当は、石ころなんか握りしめるのは、極りわるいことさ。僕だったら、両手をひろげたまま落ちていくよ。