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きりのなか

霧の中

豊島 与志雄

――「正夫の世界」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,920 字 · 40 页

青空文庫

――やがて、彼はぽつりと云った。

「人間て、不思議だなあ。ふだんは、何やかやつまらないことを、ひとに相談するくせに、死ぬ時になると、一人で黙ってるんだからなあ。」

正夫も、別な意味でではあるが、同じようなことを考えていた。彼は昂然と云い返した。

「それでいいじゃないか。」

最近の父の死のことを考えていたのである。

東京から伊豆大島へ通う船の上から、夜中に、正夫の父は姿を消してしまった。うち晴れた穏かな夜で、月が綺麗だった。南さんは酒を飲んで、だいぶ酔っていた。それだけのこときり何にも分らず、小さなスーツケース一つが残っていた。家を出る時南さんは、大島へ一二泊旅をしてくる、とだけ云い置いて、平素と変りはなかった。――過失死か自殺か、不明だった。新聞紙上には大体過失と報ぜられた。

万一の希望も空しく終り、三十五日目に一般の告別式が行われることとなり、その前夜、親しい者だけで、改めて仏事とも通夜ともつかない集りがあった。

故人の引伸し写真と位牌とを中心に、小さな気持よい祭壇が拵えてあった。特別の遺愛の品とてないので、いろんな身辺の品が一纒めにして置かれていた。