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せいどうのキリスト

青銅の基督

長与 善郎

――一名南蛮鋳物師の死――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,703 字 · 133 页

青空文庫

は思えなかった。こちらが力なく反抗すれば向こうはさらに恐ろしい声で「あいつに何ができるか、ヘッヘッ!」と反響しそうに思われた。

彼はステッキで堅い地をたたき、咳ばらいとも、叫びともつかぬ声をしぼり出して空を仰ぎ、そして歩いた。通りでは遊女の列にからかう男の下等な笑い声や、かん高い気違いじみた女の声が聞こえた。一種の本能で裕佐はその行列を見るのはいやだった。それで小路にはいった。しかしどちらへ向かって? 彼は自分の家の方へは行かなかった。彦山の中腹を少しおりたところに父の建てた自分の古家。六十になる出戻りの伯母と二人で彼が住んでいるその家には朝日はよく照るのだった。日が照っている間そこは彼にとって真に落ちつける唯一の温かい自家であり、「道場」であった。彼はそこに祀ってある「伎芸天」とともに暮らして少しもさびしくなかった。しかしそこは昼の家である。日が向かいの稲佐嶽に隠れて、眼下の町々にちらほら灯がまたたき始め、さらさらという夕の肌寒い風が障子の穴から忍び込むがいなや、彼にまったく新しい第二の一日と世界とが始まり、彼は落ちつきを失うのだった。天上に二三の星が何かを招くようにきらめき、地上にぽつぽつと明りが光りそめることは、朝赤児が目をあくのと同じ新鮮な感じで彼をおののかすのであった。