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すまでらふきん
須磨寺附近
山本 周五郎
「文藝春秋」1926(大正15)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,396 字 · 21 页
池の水には白鳥が群を作って遊んでいた、雨がその上に静かに濺いでいた。
池を廻って、高い石段を登ると寺があった。そこには義経や敦盛の名の見える高札が立ててあった、それはどこへ行ってもかならずある、松だの小沼だのに対する伝説が書かれてあるのだ、康子は清三を振返って、この高札に皮肉な瞳を動かして見せた、清三も釣られて蔑んだ笑いを洩らした。
寺の前から裏山へかけて、八十八ヶ所の地蔵堂が造られてある、二人はそのほうへ進んだ、がもはや夕闇が拡がり出して、木樹の蔭には物寂しい影が動き始めた。
「ここへ入って少し休みましょう」
朱い小さい山門の下へ来たとき、康子は傘をすぼめてその下に入った。清三もその後に従った、そして康子のために台石の埃を手帛で払ってやった、康子は微笑ながら清三の手を見ていたが、素直にその上へ腰を休めた。
「静かでしょう」
康子はちょっと耳を澄ませてから、呟くような声で云った。
「地の中で虫が土を掘る音まで聞えそうだ、と云っている人がゲエテの詩の中にありましたね。――雨さえ降っていなかったら、こんな静かさをそう云うのでしょうか」
清三は恐縮して、そうですねと云ったばかりである、康子はその静寂の中から何か聞き出すもののように、しばらく眼を閉じてじっとしていたが、まもなく帰ろうと云いだした。