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かぜのたより

風の便り

太宰 治

1942(昭和17)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,044 字 · 66 页

青空文庫

また、その暗いかずかずの思い出は、私の今日までの、作品のテエマにもなって居りますので、今更らしく申し上げるのも、気がひける事でございます。ただ、私が四十ちかくに成っても未だに無名の下手な作家だ、と申し上げても、それは決して私の卑屈な、ひがみからでも無し、不遇を誇称して世の中の有名な人たちに陰険ないやがらせを行うというような、めめしい復讐心から申し上げているのでもないので、本当に私は自分を劣った作家だと思って素直にそれを申し上げているのだという事をさえ、わかって下さったら、それだけで、私は有難く思います。

あなた、とお呼びしていいのか、先生、とお呼びすべきか、私は、たいへん迷って居ります。私は、もし失礼でなかったら、あなた、とお呼びしたいのです。先生、とお呼びすると、なんだか、「それっきり」になるような気がしてなりません。「それっきり」という感じは、あなたに遠ざけられ捨てられるという不安ではなく、私のほうで興覚めて、あなたから遠のいてしまいそうな感じなのです。何だか、いやに、はっきりきまってしまいそうな、奇妙な淋しさが感ぜられます。私でさえも、時には人から先生と呼ばれる事がありますけれど、少しもこだわらず、無邪気に先生と呼ばれた時には、素直に微笑して、はい、と返事も出来ますが、向うの人が、ほんのちょっとでも