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かぜのたより

風の便り

太宰 治

1942(昭和17)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,044 字 · 66 页

青空文庫

すくなくとも君たちよりは上等だね、と言ってやろうかと思いましたが、怺えて、ただ苦笑して見せました。お昼頃、廊下の籐椅子に腰かけて谷底の渓流を見おろしていたら、釜が淵という、一丈くらいの小さい滝の落ちているあたりに女の人が、しゃがんでいるのにふと気が附いて、よくよく見ると、どうもあの土蔵のひとのようなので、私は、いたたまらなくなりました。淋しそうな人の姿を見ると、私は、自分に何も出来ないのがわかっていながら、何かしてやりたくて、てんてこ舞いしてしまうのです。とても、じっとして居られなくなります。私は立ち上り、浴衣をちゃんと着直して、ハンケチで顔の油を拭い、そうして鞄の中から財布を取り出して懐に入れました。私は旅馴れていないせいか、財布が気になってなりません。部屋を出る時は、トイレットへ行く時でも、お風呂へ行く時でも、散歩に出る時でも、かならず懐へ入れて出ます。お金が惜しいというわけではなく、無くなった時、いろいろ騒ぎになる、その騒ぎがいやなのです。私は岩風呂へ降りて行って、そこからスリッパのままで釜が淵のほうへぶらぶら何気なさそうに歩いて行きました。