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かぜのたより

風の便り

太宰 治

1942(昭和17)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,044 字 · 66 页

青空文庫

いつまでも、あんなテエマで甘えていたら、私は、それこそ奴隷の中の一人になります。肉鍋の傍に大あぐらをかいて、「奴隷の平和」をほくほく享楽しているのも、まんざら悪くない気持で、貧乏人の私には、わかり過ぎる程わかっているのですが、でもモーゼの義心と焦慮を思うと、なまけものの私でも重い尻を上げざるを得なくなります。

少し興奮しすぎたようです。きょうは朝から近頃に無く気持がせいせいしていて慾も得も無く、誰をも怨まず、誰をも愛さず、それこそ心頭滅却に似た恬淡の心境だったのですが、あなたに話かけているうちに、また心の端が麻のように乱れはじめて、あなたの澄んだ眼と、強い音声が、ともすると私の此の手紙の文章を打ち消してしまいそうなので、私は片手で、あなたの眼と言葉を必死に払いのけながら、こちらも負けじと一字一字ちからをこめて書いて、いつのまにやら、たいへん興奮して書いていました。

私のいまの小説は、決して今のこの時代の人たちへの教訓として書いているのではありません。とんでも無い事です。人に教えたり、人に号令したりする資格は、私には全然ありません。いや、能力が無いのです。