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ふうきんとさかなのまち

風琴と魚の町

林 芙美子

「改造」1931(昭和6)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,372 字 · 27 页

青空文庫

「ほんまよ」

汚点だらけな壁に童子のような私の影が黒く写った。風が吹き込むたび、洋燈のホヤの先きが燃え上って、誰か「雨が近い」と云いながら町を通っている。

「まあ、こんな臭か部屋、なんぼうにきめなはった?」

「泊るだけでよかもの、六拾銭たい」

「たまげたなア、旅はむごいものじゃ」

あんまり静かなので、波の音が腹に這入って来るようだ。蒲団は一組で三枚、私はいつものように、読本を持ったまま、沈黙って裾へはいって横になった。

「おッ母さん! もう晩な、何も食わんとかい?」

「もう、何ちゃいらんとッ、蒲団にはいったら、寝ないかんとッ」

「うどんば、食べたじゃろが? 白か銭ばたくさん持っちょって、何も買うてやらんげに思うちょるが、宿屋も払うし、薬の問屋へも払うてしまえば、あの白か銭は、のうなってしまうがの、早よ寝て、早よ起きい、朝いなったら、白かまんまいっぱい食べさすッでなア」

座蒲団を二つに折って私の裾にさしあってはいると、父はこう云った。私は、白かまんまと云う言葉を聞くと、ポロポロと涙があふれた。

「背丈が伸びる頃ちうて、あぎゃん食いたかものじゃろうかなア」

「早よウ、きまって飯が食えるようにならな、何か、よか仕事はなかじゃろか」