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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

拘置所の中で段々足もとがふらつき、耳が苦しく遠くなって来たとき、ひろ子はどんなに、ここに吉岡さえ来てくれたら、と思ったろう。その吉岡の顔が見えた。ほんとうにうれしい。――だが――再びくらくなる意識のうす明りの中で、ひろ子は全力をつくして考えた。――これは夢だ。どうせ夢にきまっている。うれしがったりしてはいけない。吉岡さんなんかいる筈はないんだもの……。

そこからどの位時間が経ったのか、二度目にまた吉岡の顔が見えた。そのときは、もうあたりまえの大さになっていた。そして、

「どうです、吉岡ですよ。わかりますか」

そういう声もきこえた。眼の水晶体が熱と血液の毒素のためにむくんで、ひどく凸レンズになっていたために、そんなに吉岡の顔も小さく見えたのであった。

ひろ子は、死んだ自分が又生きられたことを、吉岡の骨折りときりはなして考えることが出来なかった。重吉はそのいきさつを知っていた。重吉の病気を吉岡に診せたがっているひろ子の気持も度々つたえられていた。

十月十四日に帰って来たとき、重吉は決して健康人の顔色でなかった。それでも、昼飯をたべると、すぐ迎えに来ていた友人たちと遠い郊外へ出かけた。