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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

十月十四日の朝、網走から上野へついた重吉は、十三年前ひろ子とはじめて持った家を目当にさがして来て、三時間もその辺をぐるぐる迷ったのであった。

おそい夕飯をすましてから、重吉は、ひろ子が重吉の家からもらって来ていたはったい粉をたべている。もとは客間に使われていた洋風板じきの室に食卓を入れて、食事にもお客用にも使って二人は暮しているのであった。

格別、彼のために新調されたのでもない座布団の上にあぐらをくんで、うまがって、はったい粉をたべている重吉を、ひろ子は、飽かず眺める、という字のままのこころもちで見まもった。

今夜に限らず重吉と一緒に食卓に向っているとき、ひろ子の心にはいつも真新しい感動があった。こんなに自然な男である重吉。簡単な、いもの煮たのさえ美味しがって、友達と一緒に妻と一緒にたべることを愉快がる重吉。自然なままの人間に、こわらしい罪名をつけて、たった四畳の室へ何しに十二年もの間、押しこんで暮させたのか。そこにどんなよりどころがあったのか。権力だからそれが出来たというならば、その不条理が不審でたまらないのであった。

「もういいの?」

「ああ、もういい」