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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

ひろ子は、友人の贈物である綺麗な細工のボタンを、粗末なシャツのカフスにとめた。うしろの衿ボタンも妙になってカラーがさか立っている。重吉は自分のまわりを動くひろ子の頭越しに時計を見ながら、いかにも当惑したように、

「時間がないな」

と云った。

「九時半までに必ず行かなけりゃならなかったんだ」

「まあ! あすこまで二時間かかるでしょう。困ったわ。それなら、はっきり云っておいて下さればよかったのに。――いつも通りかと思った」

なおあわててひろ子は、半分ふざけ、半分は本気で重吉の大きい体をつかまえ、少し荒っぽく、

「――こっちを向いて」

カラーをつけ、

「こんどはこっち」

これを前でとめネクタイをしめさせた。

「自分でカフス・ボタンもつけられないなんて、わるい御亭主の見本なのよ」

重吉は迷惑げに、あちこちまわされて、支度が終ると、すぐ出て行った。上りぐちで、

「おいてきぼりになっちゃった!」

そう云いながらひろ子が、重吉の帰る時間をきいた。

「何時ごろ? いつも頃?」

これも貰いもののハンティングのつばを、一寸ひき下げるようにして、重吉は無言のまま大股に竹垣の角をまわって見えなくなって行った。