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ふうちそう
風知草
宮本 百合子
「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页
人々が十数年前、どこか市内の土蔵の地下室にその印刷所があったことを知ったときは、スパイによってその場所があばかれ、当時活動していた重吉たちすべてに、事実とちがう誹謗の告発がされた時であった。ひろ子の文学上の友人で、その頃、印刷所関係の仕事をしていた詩人があった。このひとは、十一年後の十月十日に解放された。重吉たちはもとより、とりわけその友達が、こうして大きく貼り出されている表札をよんだとき、涙は彼のさりげない笑いの裡にきらめいただろうと、思いやった。一枚の赤旗のために、それをもって女がつかまれば、陰毛をやかれるような拷問を受けた。それを知っていて、女は、やはり赤旗をもって歩きもしたのであった。
ひろ子は、これまで開けたことのなかった大きな箱のふたでもとるように、丁寧にそっと入口のガラス戸を押して入った。入ったばかりの右手に受付のようなところがあって、つき当りは、薄暗いガランとした広土間であった。土間には太い柱がたっている。
ひろ子は、その辺に誰もいないので、コトリ、コトリ下駄の音をさせながら、左手の階段を二階へのぼって行った。元は活動小屋だったのを、学校に直したというその建物は荒れていた。