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しょくよく

食慾

豊島 与志雄

「中央公論」1935(昭和10)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,672 字 · 20 页

青空文庫

夕立雲の暗澹たる影のうちに、火山灰の荒野のうちに、ぽつねんとしてる私の方へ、彼は泰然としてやって来ました。微笑して、犬か猫をでも見るような眼付をしていました。「もう遊び疲れたという恰好だね。」それに応じて木村さんが、「ほんとに、奥さんは今日はばかに元気でしたね。」……その言葉が、私を夢想から引出しました。私は思いきって敵意ある眼付を、木村さんに投げつけてやり、冷淡な眼付を、野口に投げつけてやりました。

夕立雲に木村さんはいささか慴えていました。もう迎いの自動車が来てる時分だというので、分去の茶屋へ引返しました。野口と木村さんとが火山のことを話してる後ろから、私はしつこく黙ってついていきました。やはり雷が恐かったのです。

私の胸の中には、線香花火の火花みたいなもの、ぱっと光ってすぐに消える何かが、いつのまにかはぐくまれていました。それが光ってる瞬間には、私は浮々として、神経の発作にでも駆られてるようで、何を仕出来すか分らない気がしましたし、それが消えてしまうと、気分が沈みきって、深い憂欝に囚えられるのでした。私はなるべく賑かな処へ、木村さんを誘い出しました。