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しょくよく
食慾
豊島 与志雄
「中央公論」1935(昭和10)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,672 字 · 20 页
――「お前は自分の感情を自分の食物にしたいのだろう。然し、自分以外のものを消化するだけの丈夫な胃袋を持たなければいけないんだ。」そう野口は皮肉に申します。
私の胃袋は……重苦しい食物をあまり受付けず、ともすると軽く痛みだす、病弱な胃袋ではありますけれど、自分以外のものは消化出来ないほど貧弱なものだったでしょうかしら。いいえ、私はいろんなものがほしかったのです……。ダンスもしたいし、音楽もやりたいし、馬に乗りたいと思ったことさえあります。けれど、浅間山に登って噴火口を覗くようなことは……それは野口一人に任せておきました。
別荘の人たちが数名で、浅間登山をしました。私にはとても行けそうにありませんでした。遠くから見てる方が美しい、と木村さんも云いました。雄大にそしてゆったりと聳えて、うすく煙を吐いてるその姿は、朝も昼も晩も、いつ見ても美しいものでした。
登山は、夜の十二時頃出発して、夜明け前に頂上につき、噴火口を覗いて、それから日出を見るのだそうです。そして普通は、小諸へおりるのが順路ですが、野口の主張で、少し嶮岨だが山道をつたって、血の池を見、追分へ出るとのことでした。