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こうでん
香奠
豊島 与志雄
「時流」1925(大正14)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,989 字 · 46 页
田舎では、家敷も広いし家も大きいし、食物も沢山あるので、一寸知り合いでさえあれば、よそからやって来て幾日泊り込もうと、却って賑かだくらいに思われるのですが、東京になりますと、広い邸宅を構えたよほど裕福な家でない限りは、とてもそんなことは出来ません。普通の家では、家族だけで丁度一杯の住居だし、夜具布団も一二組の余分しかないし、食物も余分の蓄えなんか更になく、月の経済も大凡きまっているし、忙しい日々の仕事もあるし、同郷同村の誼くらいで――東京人の心には殆んど響かないそんな誼くらいで、小豆一升の土産で十日も二十日も泊り込まれたのでは、実際やりきれないんです。だから東京には上等から下等まで、到る所に宿屋が多いんです。
とは云いましても、地方出の東京人は故郷に対する愛着を失ってるわけではありません。近隣関係の稀薄なために、故郷の土地に対するなつかしみは、増すとも減る気遣いはありません。然しそれはあくまでも故郷の土地に対してです。故郷の人々に対してではありません。故郷の人々の記憶がいくら薄らごうとも、故郷の山や川や野原は、昔の思い出にとり巻かれて、益々なつかしく輝き出すものです。