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えきふにっき
駅夫日記
白柳 秀湖
「新小説」1907(明治40)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,989 字 · 69 页
そこへ罷職軍医の大槻延貴というのがやって来て、手当てにかかる。私はジッと苦痛を忍んだ。
手術はほどなく済んで繃帯も出来た。傷は案外に浅くって一週間ばかりで全治するだろうという話、細君の汲んで来た茶を飲みながら大槻は傍にいた岡田を相手に、私が負傷した顛末を尋ねると細君も眉を顰めながら熱心に聞いていたが、
「マア、ほんとうに危険いですね、――それにしても藤岡さんがいなけれゃあ、その人は今ごろもうどうなっているか分りませんね」
「何にしろ、すぐ隧道になるのですからね、どうしたって助かるわけはないです」と岡田が口を入れる。
「危険ですな! 汽車も慣れるとツイ無理をしたくなって困るのです」と大槻はいうたが、細君と顔を見合わせて、さて今まで忘れていたように互いに時候の挨拶をする。
大槻は年ごろ五十歳あまり、もと陸軍の医者で、職を罷めてからは目黒の三田村に遷り住んで、静かに晩年を送ろうという人、足立駅長とは謡曲の相手で四五年以来の交際であるそうだ。
大槻芳雄というのは延貴の独り息子で、少からぬ恩給の下る上に遺産もあるので、出来るだけ鷹揚には育てたけれど、天性才気の鋭い方で、学校も出来る、それに水彩画がすきでもし才気に任せて邪道に踏み込まなかったならばあっぱれの名手となることだろうと、さる先輩は嘆賞した。