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えきふにっき

駅夫日記

白柳 秀湖

「新小説」1907(明治40)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,989 字 · 69 页

青空文庫

三月十五日限り私は停車場をやめて、いろいろ旅の仕度に忙わしい。たとえば浮世絵の巻物を披げて見たように淡暗い硝子の窓に毎日毎日映って来た社会のあらゆる階級のさまざまな人たち、別離と思えば恋も怨みも皆夢で、残るのはただなつかしい想念ばかりである。森も岡も牧場も水車小屋も、辛い追懐の種ばかり、見るに苦しい景色ではあるけれど、これも別離と言えばまた新しい執着を覚える。

旅の支度も大かた済んだ。別離の心やみがたく私は三月二十八日の午後、権之助坂を下りてそれとはなしに大鳥神社の側の千代子の家の垣に沿うて、橋和屋という料理屋の傍から大崎の田圃に出た。

蓮華、鷺草、きんぽうげ、鍬形草、暮春の花はちょうど絵具箱を投げ出したように、曲りくねった野路を飾って、久しい紀念の夕日が岡は、遠く出島のように、メリヤス会社のところに尽きている。目黒川はその崎を繞って品川に落ちる、その水の淀んだところを亀の子島という。

大崎停車場は軌道の枕木を黒く焼いて拵えた粗っぽい柵で囲まれている。その柵の根には目覚むるような苜蓿の葉が青々と茂って、白い花が浮刻のように咲いている。私はいつかこの苜蓿の上に横たわって沈欝な灰色の空を見た。