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まぞう
魔像
林 不忘
新版大岡政談
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 131,494 字 · 260 页
が、よく見る迄もなく、これはいよいよ気狂いである。神尾喬之助は、公儀の眼を潜って逃げ隠れているうちに、心労のあまり、気が狂れたのだ。と、思ったから、きちがいなら、きちがいで扱いようがある。もう何も怖るる必要はない。ただ、相手に白刃があることだが、何とか欺して取り上げる工夫はないかしら?――気違いに刃物、これほど危いものはない。待てよ。いきなり横あいからでも組み付いて――と、玄蕃、隙を窺ってじいッ――見つめているうちに、かれもまた一廉の武芸者、ただちに看破出来た。
もしこの神尾喬之助が真の狂人なら――。
第一、こうして飽くまでも床の間を背に、玄蕃に刀を執らせないように用心を払う訳もないし、何より、身体に隙があるはずである。が、今、そうして保名狂乱もどきにボンヤリ突っ立ってる喬之助には、玄蕃の剣眼から見て、正に一分一厘の隙もないのだ。
全身これ隙のごとく見せかけて、そうそうろうろう、つまずくように、爪探るように、ソロソロと歩いて来る――のだが、全身これ剣精、構えのない構えは刀法の秘粋である。それにピッタリ当てはまっているのだから、神尾喬之助、狂ったと見せて、狂ったどころか、内実は虎視眈々、今にも、長刃、灯を割いて飛来しそう……。