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まぞう
魔像
林 不忘
新版大岡政談
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 131,494 字 · 260 页
町の一岡っ引きのところへ、お奉行様からお使いを戴くなどと、まさに前代未聞に相違ない。すっかり恐縮して外桜田のお屋敷へ参上してみると、誰かお手附の御用人にでも会って何か話があるのだろうと思って来たのが、直接殿様にお眼通りするのだという。狼狽の極、逆上したようになっている音松を案内して、若侍は、予て命令けられていたものらしく、ドンドン奥へ通って行く。生れてはじめてこういうお屋敷の奥へはいったので、音松はキョロキョロしながらついて行くと、人の気はいもなくシインと静かである。これは、何事か密談があるとみえて、越前守は人を遠ざけて音松を待っているのだが、やがて、お廊下の突き当りの一室の前へ出ると、室内にいらっしゃるからあけてはいるように、……そう眼顔で知らせて若侍はまるで逃げるように、サッサと引っ返してしまう。
ひとり残された金山寺屋音松である。
どっちを見ても、暗いお部屋が並んでいるだけで、人影はおろか、物音一つしない。ただ、眼の前の障子に明るい光りがさしている。この室内に、南町奉行大岡越前守忠相様がいらっしゃる――そう思うと音松は、そこのお廊下にべったりすわったきり、すっかり固くなってしまって、中なかその障子に手をかけることが出来ないのだ。