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まぞう
魔像
林 不忘
新版大岡政談
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 131,494 字 · 260 页
と、戸部近江之介の血を浴びて、面相が優しいだけに、内心鬼のように強くなっている喬之助だ。とっさに、斬りまくってこの家を出る決心を固め、忍び足に茶の間を出ると、そこは、直ぐ台所へ続いている三尺の小廊下である。ふと、喬之助の眼に止まった物がある。廊下の壁にかけ列ねてある御用提灯だ。どうして這入って来る時、その提灯に気がつかなかったのだろう?――うウム、さては、この壁辰は岡っ引きでもあったか――と、迂濶のようだが、市事にはうとい、お城詰めの武士だった喬之助である。はじめて知って、これではまるで、われから獅子の口へ飛び込んで来たようなもの。ますますうっかりしてはおられぬ。気付かれた以上、何とあっても壁辰の息の根を止めなくては!――が、あの娘だ。あれが自分を庇い立てでもするように、自身番へ訴人することを肯じないという――はて、どういうこころであろう? と、この危急の場合にも、お妙の心中を考え、訝かしく思いながら――そろりそろり跫音を盗んで、喬之助は、台所の戸のこっち側に立った。
杉戸一枚の両側に、喬之助と壁辰――ともに、呼吸を凝らして、相手の動静をうかがっている。