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すし
鮨
岡本 かの子
「文芸」1939(昭和14)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,272 字 · 26 页
「お母さあん」
と呼ぶ。子供の呼んだのは、現在の生みの母のことではなかった。子供は現在の生みの母は家族じゅうで一番好きである。けれども子供にはまだ他に自分に「お母さん」と呼ばれる女性があって、どこかに居そうな気がした。自分がいま呼んで、もし「はい」といってその女性が眼の前に出て来たなら自分はびっくりして気絶して仕舞うに違いないとは思う。しかし呼ぶことだけは悲しい楽しさだった。
「お母さあん、お母さあん」
薄紙が風に慄えるような声が続いた。
「はあい」
と返事をして現在の生みの母親が出て来た。
「おや、この子は、こんな処で、どうしたのよ」
肩を揺って顔を覗き込む。子供は感違いした母親に対して何だか恥しく赫くなった。
「だから、三度々々ちゃんとご飯喰べてお呉れと云うに、さ、ほんとに後生だから」
母親はおろおろの声である。こういう心配の揚句、玉子と浅草海苔が、この子の一ばん性に合う喰べものだということが見出されたのだった。これなら子供には腹に重苦しいだけで、穢されざるものに感じた。
子供はまた、ときどき、切ない感情が、体のどこからか判らないで体一ぱいに詰まるのを感じる。