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しかのいんしょう
鹿の印象
木暮 理太郎
「文藝春秋」1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,489 字 · 8 页
同じ日の午前であった。巨大なる嶄巌の聳立した山の頂上で、行手の方向に迷ってしまった。霧で展望が利かないから尾根の続きが判らない。それで各自に心当りの方面に踏み跡を探し廻った。私は不図灌木状を成して繁っている黒木の間に小路を発見して、暫く之を辿って行くと急に遠山川と思われる方面を指して降りとなり、その降りが余り激しいので、之は信州からの登路であろうと判断し、引返して元の頂上に出ようとする途中で復もや迷ってしまった。止むなくいい加減に見当をつけて上って行くと一の隆起に達した、木立は疎らで草丈が高い。その斜面には掻き取られた土が平にならされ、広さ三尺もある段が作られている。数えると附近に二十余りもあった。段の上には小枝や草が敷かれ、枯れて色の変ったものもあれば、新鮮な青い色のものもある。私は先の小路と思い合せてわれ知らず声を立てて笑った。何だ人が居るのじゃないか。然し人家から四日路も離れた二千六百米の山上に鍬を肩にして登って来るものとすれば、この土の段は何の為に作られたものであろうか。私の顔面筋肉は俄かに硬直して、苦虫を噛み潰したように醜くゆがんだに相違なかった。