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きりん
麒麟
谷崎 潤一郎
「新思潮 第四号」1910(明治43)年12月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,040 字 · 18 页
「妾は時々霊公と共に車を駆って、此の都の街々を過ぎる。そうして、若し霊公が情ある眼つきで、流眄を与えた往来の女があれば、皆召し捕えてあのような運命を授ける。妾は今日も公と先生とを伴って都の市中を通って見たい。あの罪人達を見たならば、先生も妾の心に逆う事はなさるまい。」
こう云った夫人の言葉には、人を壓し付けるような威力が潜んで居た。優しい眼つきをして、酷い言葉を述べるのが、此の夫人の常であった。
西暦紀元前四百九十三年の春の某の日、黄河と淇水との間に挟まれる商墟の地、衛の国都の街を駟馬に練らせる二輛の車があった。両人の女孺、翳を捧げて左右に立ち、多数の文官女官を周囲に従えた第一の車には、衛の霊公、宦者雍渠と共に、妲妃褒の心を心とする南子夫人が乗って居た。数人の弟子に前後を擁せられて、第二の車に乗る者は、尭舜の心を心とする陬の田舎の聖人孔子であった。
「あゝ、彼の聖人の徳も、あの夫人の暴虐には及ばぬと見える。今日からまた、あの夫人の言葉が此の衛の国の法律となるであろう。」
「あの聖人は、何と云う悲しい姿をして居るのだろう。あの夫人は何と云う驕った風をして居るのだろう。