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おせん
おせん
邦枝 完二
線上閱讀邦枝 完二《おせん》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 74,074 字 · 148 頁
底光のする鏡の中に、澄めば澄む程ほのかになってゆく、おのが顔が次第に淡く消えて、三日月形の自慢の眉も、いつか糸のように細くうずもれて行った。
「吉ちゃん。――」
ふと、鏡のおもてから眼を放したおせんの唇は、小さく綻びた。と同時に、すり寄るように、体は戸棚の前へ近寄った。
「済みません。ひとりぽっちで、こんなに待たせて。――」
そういいながら、おせんのふるえる手は襖の引手を押えた。
五
部屋の中は益々暗かった。
その暗い部屋の片隅へ、今しもおせんが、辺に気を配りながら、胸一杯に抱え出したのは、つい三日前の夜、由斎の許から駕籠に乗せて届けてよこした、八百屋お七の舞台姿をそのままの、瀬川菊之丞の生人形であった。
おせんは抱えた人形を、東に向けて座敷のまん中に立てると、薄月の光を、まともに受けさせようがためであろう。音せぬ程に、窓の障子を徐に開け始めた。
庭には虫の声もなく、遠くの空を渡る雁のおとずれがうつろのように、耳に響いた。
「吉ちゃん。――いいえ、太夫、あたしゃ会いとうござんした」
生きた相手にいう如く、如何にもなつかしそうに、人形を仰いだおせんの眼には、情の露さえ仇に宿って、思いなしか、声は一途にふるえていた。