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ひとりすもう

ひとりすまう

織田 作之助

線上閱讀織田 作之助《ひとりすまう(ひとりすもう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 20,706 字 · 40 頁

青空文庫

浜を横切ってその道に出ると、温泉の湯気の香が強かった。それで始めて、彼女のからだから漂うている香料のことを考えた。道端の電柱の灯がその薫を照らしている様だった。鈍い光であったから、それは秋の花の匂いを想わせた。ぼくは木犀らしいと思ったが、後できいたら、ホワイトローズだった。それは愉しい一刻には違いなかった。夜更けの海辺の道を見知らぬ美しい女と肩を並べて歩くなどという秘かな喜びは、病気が約束した短い一生にとってはまことに貴ぶ可きものなのだ。この喜びに陶酔しなければならぬ、とその時ぼくも思った。併し、陶酔しなければならぬと思うことが、陶酔をさまたげることになるし、卒直に言えば、ぼくはその秘かな喜びに苛立っていたのだ。ぼくらは始終黙々としていたが、情無いことには、ぼくは、黙っていることがやり切れなかったのだ。好奇心というものは多少とも人を苛立たせるものだが、ぼくはその時、彼女が何故こんな夜更けに海岸に出ていたのか、と訊ねたくてしかもそれをきく勇気はなかった。その勇気の出ないことが少し情無くもあったし、又そう思われることが恥しかったのだ。黙っていることが絶えず意識されて辛かった。