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スウィスにっき
スウィス日記
辻村 伊助
線上閱讀辻村 伊助《スウィス日記(スウィスにっき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 216,275 字 · 410 頁
登山そのものは、国家の為に利益なんか、あっても無くっても、それはさし当って、私達の知った事ではない、ただ私達の心に、言葉に表わし得ない、満足を与えれば充分である。疲労とか、危険とかいう問題は、今、私の眼中に無い、ただ最高峰に立って、――晴れていれば幸いである、霧の深いのも一興であるが、――或る特種の感じが、胸に湧けば充分である。――私達の行動に対して、登山の経験のない人は、又は経験はあっても、疲労の外に何物をも味わい得ない人は、馬鹿馬鹿しいと嘲笑う。嘲笑うは人の勝手である、私自身も、登山を別に賢いことと賞めて貰い度くはない、えらいこととは思って居らん、が、心よいことと信じておる。随って心よさを味わうべき登山に、心よからぬ人間の御供は真っ平らだ。
兎に角一先ずヘッスラーは帰してしまって、前年、加賀に推薦したグルンダー君の説を聞くことにした。
雨は降らないが、天気は余り思わしい方ではない。遠山は雲にかくれて、その暗澹たる雨雲の裾に、風につれて見え隠れするシンニゲプラッテの樅の林は、麓は黒味勝ちな葉末に、柔かい緑は萌えてはいるが、山腹の断崖に、一刷け、薙の見えるあたりから、雨雲の滲んだ空へかけて、暁方の小雨が、山では雪になっていたのか、染め上げたように、まっ白になすられて、見るからうそ寒むい。