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パノラマとうきだん

パノラマ島綺譚

江戸川 乱歩

線上閱讀江戸川 乱歩《パノラマ島綺譚(パノラマとうきだん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 頁

青空文庫

十一

そして、彼の身体が、玄関に担ぎ卸されるのを待兼ねて、その上にすがりつき、長い間、親戚の人達が見兼ねて、彼女を彼の身体から引離したまで、身動きもせずに泣いていました。その間、彼はぼんやりした表情を装って、睫毛を一本一本算えることが出来る程も、目の前に迫った彼女の顔を、その睫毛が涙にふくらみ、熟し切らぬ桃の様に青ざめた、白い生毛の光る頬の上を、涙の川が乱れて、そして、薄桃色の滑かな脣が、笑う様に歪むのを、じっと見ていなければなりませんでした。そればかりではありません。彼女のあらわな二の腕が、彼の肩にかかり、脈打つ胸の丘陵が、彼の胸を暖め、個性的なほのかなる香気までも、彼の鼻をくすぐるのでした。その時の、世にも異様な心持を、彼は永久に忘れることが出来ません。

十一

廣介の千代子に対する、名状することの出来ない、一種の恐怖は、日をふるにつれて深まって行きました。

彼が床につき切りでいた、一週間の内にも、恐るべき危機は、幾度となく彼を襲ったのです。例えば、それはある真夜中のことでしたが、廣介が、悩ましい悪夢にうなされて、ふと目を開きますと、悪夢の主は、次の間に寝ていたのが、いつ彼の部屋へ入って来たのか、艶かしき寝乱髪を、彼の胸にのせて、つつましやかなすすり泣きを、続けているのでありました。